1988年刊。劇場アニメ版と大筋は同じだが、製作委員会に難色を示された為に無くなってしまった「アムロとベルトーチカの子供」に由来する描写が最大の特徴。
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宇宙世紀0093。行方不明になっていたシャア・アズナブルは、ネオ・ジオン軍を再興。宇宙植民者の声に耳を傾けず、地上で惰眠をむさぼり続ける地球連邦政府に対し、戦いを挑んできた。隕石を地球に落し、気象条件を変え、人工的な氷河期を作ろうというのだ。人間が地球に住めなくなるだけでなく、多くの罪のない人々が、シャアの手で粛正される。かつてのライバル、アムロ・レイは、敢然とシャアの野望にたちふさがる!アニメ史上最高のスペクタクル大作「機動戦士ガンダム・逆襲のシャア」のオリジナル版原作、堂々の登場! - Amazon
劇場アニメ版とは色々違うと言うことで以前から読んでみたいと思っていた作品。『閃光のハサウェイ』が映像化するということで「じゃあ原作読まないとな。原作はアニメ版の続編じゃなくて小説版の続編だから『ベルトーチカ・チルドレン』から読むか」と高い志を持ったは良いもののまったく行動に移さず映画が放映してようやく読み始めた。
キャラクターの台詞などが独特なことで知られる富野由悠季監督であるが、小説でも富野節は顕在……というか文章が独特でなかなか分かりづらい。「、」がやたら多いんだよな。また本業作家ではないからか描写で肉付けしていく感じが薄くアニメ版では印象的だった部分も小説版だと大分アッサリ流れていき、心情を短い文章で書いてその表現が独特なので読者が「う、うん」ってなって進んでいく。その影響かアニメ版では異彩を放っていたクェスも文章媒体だとまだおとなしめに見える。
お話としては大筋で劇場版アニメと同じで、タイトル通りベルトーチカが主要人物として登場しているのが最大の違いである。あとがきを読むと本来はこの話で書いたのに、製作委員会がアムロが父親になる設定に難を示した結果こうなったらしい。
その影響で映像で描写されることの無かったアムロとベルトーチカの子供であるが、シリーズの中でも重要に思えるニュータイプ描写がある。ベルトーチカの子供はなんと産まれてもいないのに、胎内からニュータイプ的なアクセスを外部に行うという形で作中の人物に干渉するのである。妊娠3ヶ月時点での胎児ってこんなに精神ハッキリしてるもんなのかなと思わないでも無いが、「幼い方が強く発現する」と言う当たりファーストガンダムのラストとか(シリーズ外だが)イデオンを想起させる描写だ。
その部分を除けばアニメ版のチェーンがベルトーチカのほぼ代替で、レズンを機銃で倒したりアストナージの制止を振り切って出撃するのもそのまま。これだけ同じ役割なら妊娠の部分だけ省いてそのままベルトーチカ出せばよかったのに、ってなるけどその部分無しなら別のキャラ用意するくらい解釈違いだったのかな。ナナイ・ミゲルがメスタ・メスア、ギュネイ・ガスがグラーブ・ガスと名前だけ変わっているが、これも意図がよく分からない。
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そんな感じなのだが、終わり方が滅茶苦茶アッサリしててページめくったら「あとがき」って出てきて「えっ!?」ってなった。例のアクシズ張り付きの状態になって、ここからアムロとシャアがみっともない会話するんだろと思ったら全然無くてそのまま終わる。シャアが最期に思い出すのはララァではなくアルテイシアだ。これに比べるとアニメ版のラスト会話は30年以上経過した現在も話題になるくらいなので本当に伝説だな。
そういうわけでこれが本来「富野由悠季が書こうとしていた『逆襲のシャア』」だったわけだ。終わってみると劇場アニメ版のアムロは「父親になろうとしている男」と言う部分が丸々削られた影響を受けていると分かる。戦闘に関してはある種のマシーンとも呼べる冷静さを持っているアムロがアクシズ戻しという奇跡頼みの無謀なミッションに突入してしまった動機には本作では自身の子供の存在があると思うが、オミットされた劇場アニメ版だとそれが無い。
明確にされているわけではないが、あの場にいた人間はみんなサイコフレームに導かれてた感があるので、多分アムロもそうだったのだろう。『あとがき』に書かれていた、人間ドラマに注力してモビルスーツを否定していく傾向が製作委員会に否定的に受け取られた為に没になった、と言う部分がなんとなく分かる。サイコフレームというガジェット由来の動機になったんだね。
この辺の結果を導いた委員会の『映画で、アムロの結婚した姿は見たくないなー』はどうにも受け入れがたい……というか長期に続けていくことが見込まれるシリーズで世代交代展開を潰す選択に商業的なセンスの無さを感じずにいられない。それでハサウェイが(本人的には)その意志を継ぐっていう話の映像化をしたのが本作(1988)から33年後の2021年になるわけで、アムロとシャアの次世代を作らなかったことがガンダムシリーズの展開に与えた影響の大きさたるや……。
そういえばそのハサウェイってどうなったんだっけ?なんか印象に残ってないな……って確認したら、銃撃戦でジェガンで発砲してたらクェスのアルパ・アジールに当たって「あ、当たっちゃった……」って呆然としてるのが最後のシーンだった。コックピットにビーム直撃してるんだからクェスは当然死んでるんだけど、死に際の心情の描写とかまったく無い。アニメ版のギュネイばりに流れ作業で死んだ感ある無情さである。
ここでの誤射がハサウェイの心情や動機に影響しているはずなのであるが、そこから葛藤するようなシーンとかもない。劇場版ではチェーンがクェスを殺したのに対し、本作では誤射で自ら殺しているのでその辺結構重要だと思うのだが。『閃光のハサウェイ』本編で書かれるかな。
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