アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー

世界初の百合SFアンソロジー。「女性同士の関係性」(注:恋愛とは限らない)という認識を元に、各作家が各々の個性をぶつける多様な9編が収録されている。

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百合――女性間の関係性を扱った創作ジャンル。創刊以来初の三刷となったSFマガジン百合特集の宮澤伊織・森田季節・草野原々・伴名練・今井哲也による掲載作に加え、『元年春之祭』の陸秋槎が挑む言語SF、『天冥の標』を完結させた小川一水が描く宇宙SFほか全9作を収める、世界初の百合SFアンソロジー。 - Hayakawa Online

百合SF特集を銘打ったSFマガジン2019年2月号(記事)は、創刊以来史上初の三刷という偉業を達成する大反響となった。本書はそれを受けて発刊することとなった、まさしく時流に乗った短編集である。全部で9作品掲載されており、SFマガジンに掲載された4編、Web上の百合クラスタで話題となった1編、書き下ろし4編で構成されている。

作品毎の感想

宮澤伊織「キミノスケープ」

裏世界ピクニック(記事)作者の宮澤先生の作品。叙情的でかつ実験的な作品で、自分には凄い難解だった。二人称(?)とでも言うべき文章の語り口からテッド・チャンの「あなたの人生の物語」(記事)を想起したのだが、どうやらそうではなく不在百合というジャンルらしい。バズった例の記事(参考リンク:「百合が俺を人間にしてくれた――宮澤伊織インタビュー」)で言ってた奴か……。SFマガジン掲載の時は著者紹介の所に『この作品は「不在の百合」短編です』という前振りがあったが、その説明の無い本文庫で初っぱなから凄いの置いたな!

森田季節「四十九日恋文」

幽遊白書のテリトリー(「あ~ついでに」のアレ)を思わせる設定。コミュニケーションの手段が限定的になっていくにつれて自分の伝えようとすることから冗長性をそぎ落としていく課程がそのままストーリーになっている。制約上必然的にストーリー展開のスピードが上がるシステムになっていて面白い作りだ。

今井哲也「ピロウトーク」

本短編集唯一の漫画作品。この前振りで膝枕ってオチに行かず容赦ない切り方されるのがSF感ある。わたし独りよがりさに振り回される百合好き!

ちなみに今井先生はアニメ化もした「アリスと蔵六」の作者だが、ネット上でファンとおぼしき人から「こんなところで油売ってないで「アリスと蔵六」の続き描け」って言われててなんか吹いた。執筆止まってるのかな。

草野原々「幽世知能」

「最初にして最後のアイドル」の原々先生作。グロ描写のクドさと、世界設定を最後にバ~ッと説明して終わる癖が相変わらずな作品だが、アキナが主人公無しではいられない主人公しかいらないって見ると、思いのほかストレートな百合感あるかな。

伴名練「彼岸花」

吸血鬼が生まれた歴史改変SFで大正ロマンを書く、すげえのが来た。シェリダン・レ・ファニュの「吸血鬼カーミラ」以降百合とたびたび絡んできた吸血鬼設定が、「エス」という由緒正しい百合のご先祖様とコラボ。その末路も古式ゆかしい結末である。

南木義隆「月と怪物」

コミック百合姫 × pixiv百合文芸小説コンテスト」に応募されネット上で話題になった「ソ連百合」(!)。JKのキャッキャウフフ小説なんかがはびこる中、

 国家というこの世界を我が物で闊歩する巨獣が互いを喰らいちぎり、血を流し身もだえするかのような時代にセールイ・ユーリエヴナは産み落とされた。
一九四四年、第二次世界大戦の末期、ソヴィエト連邦の北東の貧しいコルホーズ(集団農場)の家の二人目の娘である。 - 月と怪物 pixiv

という異質な書き出しで始まる本作は、当時百合クラスタに衝撃をたたき込んだのだが、この作品が収録されるにふさわしい本書に登場することと相成った。本書に掲載されているバージョンは、現在もpixiv上に公開されている上記の投稿作品に全面改稿を経たもの。

社会主義の理想を掲げる国家に振り回される中で同性愛がもっとも禁忌となる軍隊に置いて咲き、後年になってソフィーアだけが知ることとなった、間接的な描写だけの百合に味わいがある。肉体を離れて存在する精神というSF要素もバッチリで、「百合×SF」のテーマにふさわしいタイトルである。

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櫻木みわ/麦原遼「海の双翼」

人外百合かなと思って読んでいたら、アンドロイド×三角関係みたいな百合だった。力の入った百合はやはりどこかでホラーだ……。合作なんだけど二つある視点をリレー形式的に書いてるのかな?

陸秋槎「色のない緑」

近未来のイギリスを舞台に、自殺した知人の謎を追うミステリ形式の作品。メインキャラクターがみな大学関係者で、言語学・機械翻訳分野の深層学習と作中で描かれる人間の心理模様が絡み合うハードSF。著者は中国の方でそれを日本語訳したものなのだが、その影響かこの作品だけ海外SFの匂いが際だって強い。科学技術の発展によって明らかになる事実がそれを知った人間の精神を否応なく規定してしまうという展開は、グレッグ・イーガンやテッド・チャンを想起させる。

余談だが作品の内容より驚いたのは、著者である陸秋槎氏のTwitterアカウントを見たら(本短編集が出た現時点では)アイコンがエリーチカでヘッダーが『のぞえり』だったことだ。にこまき二次創作(のオリジナルへの改編)でプロデビューした草野原々先生といい、ラブライブに導かれた奴多くない……?

小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」

大長編SF小説『天冥の標』シリーズが今年全17巻(!)で完結したばかりの小川先生がなんと本書に来てくれた。

凄い大物だけどなに書くんだろうと思っていたら、ビックリするくらい明るい内容の作品だった。百合SFアニメの原作ライトノベルと言われたら信じてしまいそうなくらい脳内で作られるイメージが「アニメ絵」だ。彼岸花→月と怪物→海の双翼→色のない緑と前4作がクソエモしんどいストーリーのコンボだったのから打って変わってゴキゲンな内容である。

さてその内容はというと

という感じでSF要素はめっちゃしっかりしてる。大御所は自分の武器にリクエスト(=百合)合わせて書けるんだなぁ。色々な作品が載っている本書だが、明確に「萌え」の方向性で書いているのが本作だけなのも興味深い。

終わりに

マイナーでありつつも近年急速に認知と市場が広がりつつある百合というジャンルの現在を形にしたのは素晴らしい。現在進行形で変わりつつある本ジャンルは、本書の刊行が前でも後でも違うものになっていたように思う。

私はてっきり「ips細胞によって女性同士の妊娠が可能となった近未来、しかし社会の受容は技術の発展に必ずしも追いつかず……」みたいなLGBTテーマの作品が多くなるかなと想像してたのだが、素人考えだったなぁ(まぁそういうテーマのアンソロジーって海外にはあるそうだけど)。各々が個性出して作品持ち寄った結果、かなりバラエティに富んだ9編になった。

百合というジャンルは定義の話になって荒れることも多いのだが、間口を広くして色々な作品の存在を受け入れる多様性を持って欲しいと思っているので、本書はそういう意味でも良かったと思う。

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