夢の端々 – 須藤佑実

令和から戦後までの70年間の期間をもって二人の女性の人生を追っていく作品。「数十年単位の長い年月を掛けた関係性」という誰もが一度は書きたくなるようなテーマを戦後の日本を舞台に描くとき、それが「一緒に『いなかった』長い年月」として結実する描写に脱帽する。

百合というジャンルが「女性と女性の間にある関係・感情」を広く扱う言葉であるのなら、本作のような作品をもってジャンルが大きな可能性を持つことの証明としたい。

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「結婚することに
なっちゃったけど
私のこと見捨てないで」

心中未遂後の70年ーー。

時代に許されなかった女性同士の恋と人生を、令和から戦後まで遡って辿るドラマチック一代記!

伊藤貴代子、85歳。
認知症で家族の顔さえわからなくなる日々の中、突然訪ねてきたのは、忘れるはずもないかつての恋人・園田ミツだったーー。

貴代子とミツは、戦後の女学校時代に心中を図った恋人同士だった。

心中が失敗しても恋愛関係は続いたが、貴代子は28歳で見合い結婚を決めてしまう。ミツは傷つくも、貴代子の悲壮な理由を知り、婚前最後の旅行を提案するがーー? - 祥伝社

最初から何をやるのか決めて最後までそれを貫いている作品が好きだ。数十年にわたって人生を追って何世代もまたぐ作品が好きだ。だからこの作品は当然好きだ……。

なんというか「似たような話を考えていた人自体は結構いるんじゃないか」って言う気がする。長い年月を描写することで意義を持つ作品。じゃあなんでみんな描かないのかって言ったらそりゃハードルが高いからだ。キャラクターの外見を幼少期から老年期まで描かないといけない、時代考証を入れないといけない等々……。どっちかっていうと小説的なジャンルの作品だと思う。で、結局のところ須藤佑実先生が描いてくれたわけだ。こういうのなんというか作品に「骨」がある人でないと描けないよね、どうしても。

須藤先生が凄いのは当然として、痴呆症の老婆を主人公として始まる第1話を許した編集部も偉い。読者の注意を引く大事なツカミでそんなこと普通はできないぞ……。と言いつつ、実際にできあがった1話は「読めばこれから著者が何をしようとしているのか、読者ははっきりと分かる」内容になっており、これもさすがと言うほか無い。

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こういう切り口で第1話を始めたのに、2話目で戦後の時系列になって心中をしてストーリーが未来に進んでいくのかと思いきや逆なのが驚いた。本作は映画の『メメント』のように時系列を未来から過去に遡っていく。

その「遡っていく構成」の妙よ……。下巻の当たりから二人の印象が真逆になっていくのが印象的だ。学生時代の貴代子が超然としていて驚く。この子セカイ系の作品だったら人類滅ぼしてる奴だろ!でもこのお話はセカイ系ではなくて、嫌な世界を滅ぼすことも死で自らと切り離すことも出来なかった非凡な少女が凡庸になっていく物語なのである。それが悲しい。

二人が一緒に居た時間は読者が想定したよりもずっと短い。70年の歳月の中で二人が接点を持ったエピソードの切り分けで構成される本作は、次の話になると二人が一緒に『いなかった』期間を数十年単位で平気でまたぐ。その一方で各話は「もしあの時少しでも踏み出していたら、その後の人生は変わっていたかも知れない」という瞬間の連続である。

女性の立場が男性よりも低く、女性同士の恋愛などもってのほかとされた時代は、その『少しでも踏み出す』力を彼女らから奪っていて、だから二人の関係は一人の時に相手を想うことに費やされた。戦後の女性の人生を数十年に渡って描いていくのなら、仕事においては出世は望めず家においては家父長制とともにあった現実を描かなければならないことは明白で、だからストーリーがこうなるのは必然だったのだろう。

最後に残る記憶があなたなら、2人で生きられなかった70年も間違いではなかった。

それを踏まえてみると、下巻の帯に書かれたこのキャッチコピーは本当に秀逸である。読む前から惹き付けられたが、読書後にまた沁みる。「心中が失敗した二人のその後の70年」という始まりであるが、実はこれは70年かけた二人の心中だったのかもしれない。

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