ファイブスター物語 – 永野護

なんかもう色々な意味で特別な作品。好きか嫌いかはともかくこういう作品が実在しているということ自体が興味深い。

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概要

私は大して熱狂的なファンというわけではなく、なんとなく読んでいるというくらいの人間である。とにかく尖りっぱなしのこの作品、特徴を挙げると

  • いきなり第1話で最終回。
  • 年表が最初から公表されていて、ストーリーは過去の話だったり未来の話だったりで時系列上に進まない。
  • 掲載紙が漫画雑誌ではなくアニメ雑誌の月間ニュータイプで、ページの形状が普通の漫画と異なる。また基本白黒で描かれるが部分的にフルカラーになったりする。
  • 長期休載状態が続き、12巻と13巻の間でリアルタイムで9年半経過している。
  • 今までモーターヘッド(MH)と呼ばれていたロボットが、あるときからゴティックメード(GTM)と設定が変わり全機体デザインが一新。作中ではさも最初からそうでしたとばかりに物語が続く。

みたいな、作者はなんでこんなこと許されてるんだという特徴が多く、そういう部分を見るだけでも唯一無二の作品である。

しかしまあ私から言わせると、中学生が考えたような「設定ばっかり先行して実際には作品として産まれることが無いお話」が実際に産まれていて、しかも長期間ファンを獲得して生き続けている、という事実が一番興味深い。普通産まれないし続かないはずなのだが、我が道を行くことを許された永野護の手によって作り続けられている。

ファンたちはそういう設定について行っているらしく、ネット上の書評を読むと同じ作品を読んでいるはずなのに「あのキャラ過去にも出てたの?」「あれそういう意味だったの?」ということ目白押し。ここまでついて行けてる人たちには脱帽である。

各巻毎の感想

13巻

前巻から9年半近く経てようやく発行となった巻。この間にMHはGTMになり各用語もGTM仕様になって、さも最初からそうでしたとばかりに物語が進む。一応解説が必要だと思ったのか、単語の解説が随所に掲載されている。設定が複雑でアメコミ並みに多い文章(王侯貴族の会話ばっかりなのもキリスト教圏の作品っぽい)で読むのに時間がかかる。フィルモア王家の派閥の話とか説明されても全く理解できなかった。私はなんとなく読んでいるだけだが、詳しい人だと得心するんだろうなぁこれと終始思いながら読んでいる。(自分は目を通していないが)DESIGNSの存在も合わせて「情報の摂取」って感じなんだよな。

レビューとか見るとGTMへの変更でやたら言われているが、今まで追ってきたファンほど「しょうがないじゃん。だって永野だぜ?」みたいな諦観を持つわけでもないんだな。熱狂的なファンではない端から見ている私からするとそんな感じなんだけれども。

14巻

13巻から2年半くらい経過して発行されたのに「へえ!もう出るんだ!早いねえ!」とか言われた新刊。ベラ国攻防戦を描いた"ツラック隊編"が完結。

敵味方合わせて数百体のGTMが組織的に行動するわ、ファティマがほとんど電子戦やってるわで何やってるのか正直分かりにくい。こういうのって真面目に描くと○○が××に勝った!みたいな分かりやすい盛り上がりに欠ける感じになりがちだが、実際「よく分かんないけどこいつは強いんだろうな」とは思うものの活躍するってわけでもない描写の連続で攻防戦終わってしまった。特にハレーとビルドなんかは因縁の再会と特別機入手なんて前振りしたんだから活躍させたれよと思うんだけれども。組織的戦いよりも、1対1の戦い描いた方がせっかくデザイン新しくしたGTM映えそうなんだけどね。

ツバンツヒがソープの正体に気づいて、ツァラトゥストラ・アプターブリンガーのシーンに切り替わるラストシーン、印象的ではあるけど「こんな色の使い方許されてるところが永野護なんだよなぁ」と思わずにいられない。

15巻

順当に発売され「あれ?もしかして永野ってちゃんと単行本出してる?」とかファンに言われている15巻。毎巻読むたびに言ってるが、相変わらず読んでもよく分からない。なのにネット上の感想読んでたら「15巻は視点があっちゃこっちゃ行かなくて読みやすいな!」みたいな感想結構あって吹いた。洗脳されてないみんな……?

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たまたま出会った人が一般人かと思いきや歴史に残る偉人という展開にもはや実家のような安心感。おかげで(?)ジークボゥ君がめっちゃすごい血統だってなったんだけど、ヨーン君に対する反応見てるとこの血統の遺伝子残さなそうだよママ!まぁこの漫画、血統主義が凄すぎてそれくらいで良いような気もするけど……。血筋が凄いから凄い奴と超昔から生きてる奴が無責任にあちこち行って現在にも影響及ぼしまくってるの多すぎだよな。新しい世代相当生きづらいだろ。

あと「実は一般人じゃなかった」の他に「格下なのにあの○○相手にあそこまでやれたの凄げえよ!」も定期イベントになりつつある。カイエンが将来性のある若者の腕切り落とすのってオビ=ワン・ケノービのブラサガリみたいな持ちネタなんですか?

今巻結局フィルモア王家関連の設定が明らかになったくらいであんまり話は進んでないような気もする。後はシステム・カリギュラのメンバーがエトラムル型のファティマでうんたらかんたらみたいな……。まぁ自分に分からないだけでファンには分かるんだろう、多分。

16巻

約2年ぶりの新刊。前巻読んだときに「あれ~話題沸騰だった黒騎士逆レイプが載ってないよぉ~?」ってなったが本巻の序盤に掲載されている。あれから2年か。2年……?

『お伽噺』という側面が今までで一番発揮された巻。本作の裏でちょくちょく書かれていた神域の住人たちが次々と現れて人智を越えた戦いをする、という巻なのであるが、なんだろう、こう、なんだろうなぁ……。たぶん本来この作家が選ぶべきだった表現方法は小説だったんじゃないか。

そこへ時空を越え○○出現!→「今起きているのはこんな凄いことなんです!」→そこへ時空を越え○○出現!→「今起きているのはこんな凄いことなんです!」→そこへ(ryってさぁ……。文章媒体なら起きていることの説明が一番無理がないんじゃないかな。道化を強調したキャラクターに実況させず、地の文で説明できるからね。ロボットや超常生物が見開きでバーン!と描かれるのは最高に格好良いから、グラフィックノベル(例えばアメコミがこれ)が一番適してるのかな。

読んでいると、なんかBLEACHが「バトルがターン制」って揶揄されていたのを思い出してしまう。他にも『たとえストーリー的・漫画的に盛り上がると分かっていても、設定上起きないことは書かない』『面白さより設定を優先する』と言う点なんかが似ている。BLEACHファンが「チャンイチがようやく活躍する!」と思ったら全然良いとこ見せないまま仕舞いにはカーペットになったのと同じように、「黄金の電気騎士?!ナイト・オブ・ゴールド!!」「バスター砲3連発!!」ってなったのに、でも悪魔には効かないんだよね……だって設定上効かないから……ってなるのが永野護なのだ。

どんな創作者でも自分より頭の良いキャラは作れないわけだけど、やっぱりというか超常存在たちも『圧倒』という感触が全然無い。全編に渡って出てくる昔の同人誌みたいな『おちゃらけ』はこんな状態に到っても健在で「この神様たちは動向が気になって出てきてちょっかい出してきたんであって、みんな本気は出していないんです」と言う具合。登場キャラ全員永野護なんだよね。しかしそれらをひっくるめて「本来こんな作品産まれるはずが無いのに産まれてるし生きている」という本作の有り様がもっとも感じられる巻なのだよなぁ。

今まで追ってきた人からすると「昔作ってそのまんま放りっぱなしでカビ生えてたようなキャラを一斉に出してきたから、話を畳もうという意志は感じられる」「何が起きるのかは描いたから、ある意味これが最終巻になっても問題ない」とからしい。ファンは言うことが違うな。

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