スキャナーに生きがいはない (人類補完機構全短篇1) – コードウェイナー・スミス

コードウェイナー・スミスの人類補完機構シリーズがとうとう全作品収められることとなった。ノーストリリアを除く作品がすべて短編で構成されるシリーズだが、順番がバラバラで未収録もあったので残念だと思っていたのだ。ほとんどの作品が再読になるが、もう何年も経ってるので内容を忘れている。

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最初にJ・J・ピアスの序文が掲載されているが、いきなり覆面作家であったスミスの正体・経歴と、各作品群の内容を含めたディープな話をし始めるので、初めて読む人が居たら後に読んだ方が良さそうだ。編集者名や、編集者による序文の日付から推察するに底本になっているのは

どうやらファン向けのハードカバーであるこの本らしく「ファン向けだからいいだろう」ということでこういう風になっているのかもしれない。

気になる収録内容だが序文から引用すると

本書にはコードウェイナー・スミス(本名:ポール・ラインバーガー博士)が発表した全短篇を収録してい る。The Best of Cordwainer Smith(邦訳は『鼠と竜のゲーム』『シェイヨルという名の星』に二分冊)、The Instrumentality of Mankind(邦訳『第81Q戦争』)、Quest of the Three Worlds(『三惑星の探求』未訳)の三冊の短篇集に収録されたすべての作品である。

本書は二部構成をとっており、第一部は、〈人類補完機構〉に属する短篇を作中の〈未来史〉の年代順に並べ(物語の内容から可能なかぎり確定した)、第二部には、〈補完機構〉以外の短篇を発表順に収録している。

このようになっている。

各タイトル

夢幻世界へ

遠い未来について少し描かれた後、どんな展開が待っているのかと思いきや20世紀のソ連の科学者たちのお話になって拍子抜けする。他人の五感や思考を読み取る実験の話が進んで、忘れたころにさっきの未来の話が出てきてそういえばそういう話だったと思った。こういう時間の移動要素あるんだな。

第81Q戦争

戦争が人的な被害を出さないスポーツ化した時代の戦争小説。昔に書かれた小説でアメリカと戦うのはソ連が多いのだが、この話ではチベット絡みで揉めることになった中国と戦う。まだ若いころに書かれたことも踏まえると、この辺にセンスを感じる。

マーク・エルフ

第二次大戦末期にフォムマハト勲爵士が宇宙に避難させた娘カーロッタが、約一万六千年ぶりに宇宙で発見され地球に戻ってくる。そこで出会ったのが第六ドイツ帝国が作ったドイツ人以外皆殺しマシン、メンシェンイェーガーの11号機(マーク・エルフ)であった……という話。

<真人>とか<愚者>とかマンショニャッガーとかシリーズの専門用語がいきなり出てきて、しかもマークエルフと別れたら宇宙からカーロッタを発見した奴がやってきてなんか洗脳されたみたいになって終わり……という理解するのが大変なオチ。

昼下がりの女王

次の主人公はカーロッタの姉のユーリで、彼女の言うところの犬ころ人間であるチャルズとオーダの兄妹に見つかる所から話が始まる。再開したカーロッタは既に二百歳超になっており、彼女を引き継ぐ形で人類補完機構が誕生する。そして再び時代が過ぎて、もう一人の姉妹であるカーラを降下させるところで終わる。

圧政を敷く組織であるジウィンツ団を倒す話でもあるのだが、その倒し方が

塩分たっぷりの食事をとらされ、のどの渇きに苦しむジウィンツ団の高官たちは、われがちに天然井戸の水を飲み、みるまに不活発になった。戦い樹のかげから反乱軍が蜂起したときも、彼らはほとんど抵抗を見せなかった

というのが印象的。合成の食糧ばかりで塩というものが認知されていない時代であるからこういうことが出来るわけだが、この辺は未来で人類補完機構が再発見するところの「自然な人間」との対比なのかもしれない。

スキャナーに生きがいはない

宇宙航行の為に肉体を改造し五感を失ったスキャナーの物語。人間の感覚を再現するためには配線して、代替となる信号を送ってやらねばならないが、作中ではレコードの再生で匂いの信号を送っている。昔のSFに出てくる記録媒体ってなんでもテープという印象があるが、スミスの作品はこんなところでも斬新である。

スキャナーたちは肉体という犠牲を払ってまで宇宙空間での作業に従事することで敬意を得ているが、あるとき科学者が苦痛を行わずに済む新しい発見をしたことが分かる。これを知ったスキャナーたちが選んだのは、自分たちの立場を奪う発見をしたこの科学者を秘密裏に「処理」することであった。スキャナーたちの蛮行に反発した主人公マーテルは科学者を救おうとする……という話。

ひとつ前の話でさも正義の味方みたいに書かれていた補完機構が次の話ではこういうことをやり始めるのは意外である。ちなみに主人公の上司はヴォマクト家(=フォムマハト家)の人間だが、姉妹の誰の子孫なのかは分からない。

星の海に魂の帆をかけた女

とりあえずタイトルが素晴らしい。原題はThe Lady Who Sailed The Soulなのでほぼ直訳であるがいい訳だ。

ポール・アンダースンの「タウ・ゼロ」とかジョー・ホールドマンの「終りなき戦い」とかを見ていると、宇宙航行なんて人間のスケールとあって無さすぎて全然現実的じゃないんだなと痛感するが、この作品の航行も人間やめてる感じの処理をしなければ達成できない。しかも作中の挿話で「平面航法という技術がのちに産まれているので、この時代を過ぎたらこんなやり方はもうしない」と明言されているので余計にキツイ。

人生の四十年間が一か月で過ぎ去って何も得ることの無いまま老いていく話をロマンスと呼ぶことには作中の挿話に出てくるキャラにも疑問を持たれているが、一応ラインバーガー夫人という女性の力を借りて作られた話ではあるんだよな。

人びとが降った日

第81Q戦争にも登場したグーンホゴという単語が冒頭から出てきてあれっとなる。中国四千年という言葉があるが、チャイネシアは数万年あることにならないかなこれ……。ちなみにアフリカという単語も残っているようだ。

金星の大地に何千万もの中国人(の子孫)が降ってくる……!というのは、序文にある通り作者が中国に造詣の深い人間だからチャイネシアの設定があってそうなっているんだろうけど、今から見るとなんか爆買いみたいである。手荒な扱いが出来ない金星生物ラウディを人海戦術で攻略という無茶苦茶な中華(というか共産かな)マインドが残ってるのも凄い。

一日に八千二百万人降りてきて、指導者は七千万人くらい死んでも構わないという考えだったのになんで従う人々がこんなに居たのか不明だが、その辺は触れずに終わる。

青をこころに、一、二と数えよ

とりあえずタイトルが素晴らしい(二回目)。原題はThink Blue, Count Two。星間航行する船の中で目を覚ましたヴィーシイ・クーシィがストーカーのような男に襲われるも、隠された防衛システムが作動して彼女を守る、という話。

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多分善悪や犯罪に関する常識が現在の我々とはずれてるあたりがお話のポイントなのだと思う。

大佐は無の極から帰った

このひとつ後のお話で登場する平面航法が成立する前、時間形成(クロノプラスト)なる方法で宇宙を移動する方法が考案された。そのテストパイロットとなったハーケニング大佐が、これによって移動しそしてあるとき突然に戻ってくるのだが、体は健康なのにこちらが呼びかけても全く反応しない異常状態になっていた。

そのハーケニングをテレパスの使えるシスターが助けるのだが、このシスターの使う言語として改良英語(アングリック)という単語がでてくる。これデイヴィッド・ブリンの知性化シリーズでも出てくる単語なんだよな。元々ある単語なのか?

鼠と竜のゲーム

平面航行なる星間移動が成立した時代の話。二次元平面に移動しジャンプして移動先でまた元の状態に復元するという方式だが、この平面上に人間の精神に異常を起こす謎の存在が居ることが発覚する。竜と呼ばれるこの存在から船を守るピンライターの頼もしいパートナーが猫であった。

SFファンって妙に猫が好きな人間が多い印象がある(私もそうです)が、その話題になるとロバート・A・ハインラインの夏への扉と共に挙げられる作品である、多分。このお話自体は竜や猫の設定を提示してわりとすぐに終わってしまうが、猫は以降の作品でもたびたび登場する。

燃える脳

平面航法を行う宇宙船の船長であるマーニョ・タリアーノは、あるときジャンプ先で自分の船がどこにいるのか分からない状態になる。宇宙の地図であるロックシートは白紙状態、ジャンプに必要となる情報が残っているのは唯一タリアーノの脳だけ……。こうしてピンライターにより脳から情報を取り出して目的地には辛くも到着するが、その後遺症でタリアーノは白痴の状態に……。

タリアーノの妻ドロレス・オーのキャラがよく分からない。描写がある以上は何か意味があるんだと思うのだが……。

ガスタブルの惑星より

珍しくコメディ調で、人類に敵意は無いものの食欲が旺盛過ぎるアヒル型宇宙人のアピシア人が地球にやってきて人類が迷惑するという、フレドリック・ブラウンの火星人ゴーホームみたいな話。

オチもギャグみたいな展開である。世界中の人々がアヒルみたいな彼らを北京ダックよろしく次々に食べ始め、あやうく母星に逃げ帰った生き残りとは国交が断絶するという……。

アナクロンに独り

本書で一番の注目作品。なぜなら今まで単行本に収録されていなかった作品だからである。私も今回初めて読む。二つ前の「燃える脳」で新しいゴー・キャプテンとなったディータが登場するが主人公はその夫タスコ。

妻を救う為に時間の奔流(アナクロン)の中に跳んだタスコは過去に移動し、命を落とす羽目になってしまった。アナクロン内の描写は何ページかに渡って書かれているのだが読んでても何が起きてるのかよく分からなかった……。

スズダル中佐の犯罪と栄光

宇宙移動中に救助を求めるアラコシア人に出会い、規律に背いて救出に向かったスズダルであったが、実は彼らは人類に敵対する超危険種族だったのである!という話。一応モチーフはセイレーンなのかな。

彼らから人類を守るためにプログラムを施した猫を二百万年前にタイムスリップさせて対応するが、この重罪を咎められて惑星シェイヨルに追放となった……というオチなのだが、時間への干渉って(重罪とされてはいるが)結構簡単にできるんだな。

黄金の船が――おお!おお!おお!

地球に攻撃を目論むラシュダック卿に対し、全長一億五千万キロメートルあるものの実は中身はハリボテ、という黄金の船を使ってハッタリで倒す話。

事件は内々に処理され、記憶を操作された関係者は詳細を忘れて余生を過ごすが、かろうじて記憶のかけらが残っていた者が発言できたのがタイトルの台詞。

終わりに

非常に長い時代の一部分だけを切り取った短編の連続で、それぞれで全然違う技術体系や背景を持つだけにそこを説明して事件があってすぐおしまいになる話が多い。それを書いてるだけでえらい文章量になってしまった。

思ったより補完機構が目立たないので意外だったが、彼らがそうなるのって人類の再発見とかしてからだったっけか。

追記

電子書籍版には解説が掲載されていないが、解説者の大野万紀が自身のサイトに掲載している。(というのを3巻の記事にコメントしてくださった方の指摘で知った)

『スキャナーに生きがいはない (人類補完機構全短篇1)』 解説

コンテクスト過多のスミス作品を読む手助けになるはずだ……というかそれ以前に収録して欲しいんですが早川書房……。

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