2014年発行。聖書の小説化としてはウォルター・ワンゲリンの小説聖書が有名だが、本書は聖書ではなくキリスト教史を「ヤクザの抗争史」と見立てて小説化した歴史小説的な内容である。
作品紹介
「おやっさん、おやっさん、なんでワシを見捨てたんじゃ?!」(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)―イエスの絶叫から約二千年、人類の福祉と文明化に貢献したキリスト教は、一方できわめて血なまぐさい側面を持つ。イエスの活動、パウロの伝道から、十字軍、宗教改革まで、キリスト教の歴史をやくざの抗争に見立てて描く、一大歴史エンターテインメント! - ちくま書房
前置き
とりあえず私の立場として特にキリスト教徒というわけでもなく、歴史・宗教に関しては完全な素人・無教養であり、一方で(一般の人に比べれば)本を読むのでまぁ別に知らないわけでもない、と言うくらいの立場である。オタクにありがちなんだけど、なんか特定の枝葉末節ばっかり知識あったりするよね。
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感想
筑摩書房ってなんかお堅いイメージがあるのだが、こういう悪ノリみたいな内容の作品だすんだなぁ。悪く言えばネットでよく見る一発ネタみたいなの、と言えなくもないものを真面目に約400ページの文庫一冊分書いている。
だが別に単なるネタというわけでなく、イメージしづらい当時の空気感を任侠ネタという補助線を引いて表現している。各章の終わりには解説が入っていて、時代背景や「このような原典があるので今回はこのように解釈して描写した」という説明が入るので、面白おかしく偏ったままという印象もない。
マルコが福音書を書く下りが好き。イエスが死んだ後だと、本人が死んでいるのをいいことにイエスの名前で勝手なことを言う人間が続出するし、それどころかよりにもよって身内であるパウロがその最大勢力となってしまう。これを危惧したマルコがイエスを正しく伝える為に書いたものが、キリスト教史で最初の福音書となるわけだ。そして新約聖書はこのような書簡を集めたものなのだが、三分の一くらいはマルコが否定したかったパウロの書簡で出来ているという……。余りにも皮肉だ。著者自身もパウロを自画自尊の傲岸不遜な人物としているが、やっぱり「そういうの」が世にはばかりましたなぁ。
キリスト教史はこういうところが面白いんだよなぁ。聖書自体は面白いとは言い難いのだが、そこから見える当時の事情であるとか、キリスト教をめぐる人類史だとかはもの凄い面白い。読んでると「この内容を書かなければならなかった人物ないし団体」というものの意志をどうしても感じることがあるんだよね。
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自分が読んだ文庫版には、モーセを主人公とした出エジプトのエピソードが追加されている。今まで散々話には出てきたヤハウェ大親分本人が登場し、イスラエル人達に激昂し残虐の限りを尽くし不信に苛まれていく姿が悲しき中間管理職モーセの悲哀と共に書かれている。
出エジプト記は著者が聖書でもっとも好きなエピソードらしいが、実際エピソードとして見やすいのって旧約聖書のほうだという印象がある。同じキャラクターが連続して出てくるエピソードがあんまりないというか。なので人気キャラクターとも言える使徒が出てくる話を1/4くらいで終わらせて数百年単位で時間を飛ばし、王VS教皇の権力争いや第四次十字軍やルターの台頭の話を入れたのはなかなか大胆な試みだったんじゃないか。なのでこれは聖書の小説化じゃなくてキリスト教史の小説化なんだよね。
終わりに
自分が歴史系の勉強で失敗したなと思うのは「偏った知識で学んではいけない」と尻込みしてしまったところにあると思う(いや別にそれだけじゃないけどさ)。実際には偏っていても良いから「コイツはこういうキャラ!」と言う感じでキャラで知っていった方が良い。
そこから後で修正すれば良いのだ。だってどんなに偏らずに学んだって、後から修正していくことに変わりないんだから。なので本書みたいな作品は全然馬鹿に出来ないなぁと思うのである。解説と合わせてバランス取る配慮があると思うしね。
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