あの娘にキスと白百合を 全10巻 – 缶乃

学園を舞台にした、巻ごとに主人公が変わるオムニバス作品。恋愛を扱った作品って長く続けるべきじゃないなというのが私の持論であるが、この作品は「くっついたあのカップルの先を見たい」という願望が後続の巻でちょくちょくフォローされるので、オムニバス形式をかなり上手く利用していて感心する。

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概要

品行方正、成績優秀の秀才少女・白峰あやかは、中等部から高等部に進学。『今までと同じ自分』であり続けるはず……だった。
天才少女・黒沢ゆりねとの出会いから、彼女の世界は一変する…。白峰と黒沢の物語から、全てが動きだす。従姉妹と先輩、同級生と後輩、そして教師まで…。
少女たちの数だけ、物語は存在する――…。 - 『あの娘にキスと白百合を』 公式サイト

各巻毎の感想

1巻

これと「やがて君になる」はネット上の百合クラスタでは読んでて当然的な空気を醸し出していて、私はそういう状況になると逆に読むのが億劫になるタイプなのだが読んでみた。読んでみると評価されるのは分かるなぁという感じだ。

創作界隈で「あの女の子は嫌い!認められない!」とか言い出したら、絶対夢中になる前ふりとしか思われないわけだが、あやかは見事にこのパターンを進んでいてそりゃ人気出るな……って。「勘違いしないでほしいんだけど!」って言ってるの見て笑っちゃったよ。ところでここで渡してるのって多分白百合なんだよね。

恋愛を扱う作品でオムニバス形式をとったのは上手い手法だと思う。こういっちゃなんだが、同じカップルの恋愛をメインにしたお話って賞味期限がせいぜい2~3巻ぐらいだと思っている(ので恋愛をメインに置かない作品の方が実は好み)のでこういう形にしてキャラ増やしていく方が得策なんだよな。

2巻

天文部&アホ妹回。デコ先輩みたいにフラグの立っているキャラが複数いると色々言われそうなもんだが、さすがオムニバス作品というか2巻目で早くもそういう描写を描いている。

おまけ漫画で黒沢妹が登場して驚き、ゆりねちゃんどう見てもひとりっ子の性格してると思うんだがお姉ちゃんだったのか……。

3巻

園芸部回。十和子の激重ぶりに引っ張られたのか全体的に重く、要約すると「特別扱いしろ!」という意味合いのシーンがてんこ盛り。「自分に勝てる人間なら誰だっていいんでしょ?」「私に本気になりなさい!」とか言ってしまうあやかさん、高校生活をゆりねちゃん1人に捧げようとしてるんだけどめっちゃ重くないですか……。『私は「生徒の鑑」であり続けている』って独白してるのにその前後のシーン「ゆりねちゃんのことで頭がいっぱいで渋い顔しっぱなし」なの笑ってしまうんですが。

余談だがドラマCDのCVで十和子の声が中原麻衣だったので爆笑してしまった。いや笑うとこじゃ無いけどさ。ついでに黒沢さんが水橋かおりだったのもあるあるだな。

4巻

陸上部回。イケメンなのにウジウジしている瑞希ちゃんがウジウジウジウジする(←酷い)。壁ドンの後、「間違ってなくて良かった~~!!」のシーンでダメだった。あんな人生を振り返る演出の後で間違ってたらツラいよな。萌さんには「いつもより更にマヌケになってる」とか言われるし、なんでイケメン扱い続けられてるんだこの子……。ところで、あとがきに「瑞希と萌の名前に関係性が無いのは、キャラを作った時期が他と違うからです」とあるけど最初に作ったキャラだったりするのかな?

5巻

広報委員会回。個人的な当たり巻。あとがきに書かれているが、打ち合わせの時点で「重い女」「情緒が不安定」「めんどくさい」って言われていた、いつきが最高すぎる。美少女に好かれているのにドン引きしっぱなしの紗和ちゃんもいい。true tearsの『富山の狂犬』の時も思ったけど、こういうタイプの相手になるのはのんびりした子じゃないと精神持たないからお似合いだ。まぁそんなだから地雷原でタップダンスをして無意識にいつきを煽りまくるんだけどいいよね。

こういうキャラもいろんなキャラが出てくるこの漫画のバリエーションの一つかなぁぐらいに思っていたが、あとがきで「自分の好きなカップリングを追求しました」って書かれていてビックリ。作者の性癖が自分とモロ被りなのって珍しい。片方の気持ちが強すぎてもう一方が喜びつつもだいぶ引いてるのいいよね!僕も大好きだ!

6巻

デコ先輩とアホ妹のエピソード再び。クールなキャラがアホに入れ込んじゃうの好きなんだけど、デコ先輩もうデレデレじゃねぇか。一度結ばれたカップルがその後も登場するのがオムニバス形式を取るこの漫画の強みなんだけど、真夜先輩の再登場で「結ばれなかったキャラ同士が再会する話」を描いていてこういう風にも使うんだなぁと。

後半の話は3人組の話で必ず賛否両論になりそうなのに凄い冒険したなぁ、という感じ。それだけでも興味深いが多分この巻は、前半組が1人を選んだ話で、後半組は誰かを捨てられず3人でいることを選んだ話なので、前半と後半両方で亜麻祢を登場させて対比させている節がある(あとがきで「それなりにつながったお話」と書かれているし、カバー裏の表紙のセリフもそうだよね)。オムニバス形式の応用みたいな使い方で思わず唸るような構成だ。

7巻

白黒+叔母姪回。今までゆりねちゃんの行動にあやかさんが振り回されるばっかりで白の方の内面描写ばっかりだったのだが、今回は黒側の視点中心で描かれる。そうしたら、ゆりねちゃん急に可愛くなりすぎて凄いビビった。これ見てから1巻見ると初期は「お前面白いな」と言って興味を持って近づいてくる俺様系イケメンみたいで「こんな身勝手な子だったっけ?」ってなる。こういう成長描写出来る作品ってあまり見かけないので凄い面白い。あやかちゃんのほうも「黒澤さんは「からっぽ」って言われて傷ついたのね」って言ってるシーンでなんか感動した。こういう気遣う台詞がスッと出てくるのいいよね。

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8巻

このあたりからマガジンウォーカーで連載を追うようになったのだが単行本出るのはええなオイ。最後の話こないだコミックアライブで見たばっかりだぞ。

ライバル関係の良い所のうちのひとつは相手の人格を受け入れることができなくても成立する所だと思ったんですよ(挨拶)

という作者の嗜好が発揮されるライバル百合巻。メインの白黒からしてライバルで始まった本作であるが、群像劇として龍虎と白黒が両方進行しているのが凄い。あやかとひかりは仮面優等生ってことの他に相方のことを恋愛的に意識してるわけでもないところも共通していて、缶野先生の主張はそういうところでも強調されているのかもしれない。

7巻に続いて白黒の描写が多くて嬉しい。最近は白黒見ると「尊い……」するより「ここまで来たか……」みたいな感動を覚えるようになってしまった。相手の弱い部分への優しさみたいなの見ると百合関係なくそうなるんだよね。

9巻

白黒の一応の因縁であった試験で勝利するという目的がとうとう達成。完全に両想い状態で読んでて昇天するかと思った。ところで、あとがきに「白峰と黒沢の話もそろそろ終盤です」って書いてあるけど缶乃先生?嘘だよね……?

余談なのだが157ページと158ページってもしかして入れ替わってない?マガジンウォーカーで見た時「あれっ?単行本では直ってるかな」と思ってたそのままだった。「卒業したら会わないから思い出したりしない!」→「美風への気持ちには勝てなかったよ……」というクライマックス場面なので余計気になるんですが……。

10巻

とうとう最終巻。一巻まるまるオールスター勢揃いのエピローグのような構成である。まさしくタイトル通りのエンディングを迎えて素晴らしい。

普段は電子書籍で購入しているのだが、今回は今までの特典を一つにまとめた冊子を付けた特装版があるときいてそちらも買った(つまり紙と電子両方買った。なんていいお客さんなんだろうか……)。特典冊子136ページもあってビビった。店舗特典とかを追わないと決めている私であるが、こんなにあったんだなぁ……。本編よりもキテル描写多くて、特典を買ってくれる人のために缶乃先生すごい頑張ってたんだな……と思わずにいられない。

終わりに

百合・ヘテロを問わず恋愛を主題にした作品の賞味期限は基本的に長くて5巻程度だろうなと以前から思っている。そしてそれを踏まえて長期に連載しようと思うとオムニバス形式という手法がまっさきに挙がるだろうとも。ところが実際にはそういうふうに書かれた作品は少ない。本作はそれを成立させた希有な作品である。

もっとも本作も最初は4~5巻程度で納める予定だったんじゃ無いかなって気はする。黒サイドで重要な園芸部、白サイドで重要な陸上部をやって次で締めるとそのくらい。人気が出て続けることが出来た結果、5巻以降は「新キャラが出て1巻1カップルで完結」のサイクルが出来たんじゃないだろうか。本筋からある程度自由に描けるようになった最初の5巻目が、作者自ら「自分の好きなカップリングを追求しました」と明言する広報部なのは多分無関係では無い。

(追記:と、書いたのだが缶乃先生のマシュマロに書かれた裏話的テキスト見たら、もう全然違った(笑)。当初は2~3巻予定で改築してく感じだったらしい。それであそこまで描けたのは逆にもっと凄いと思うわけだが)

そういうわけでサブキャラのエピソードを横糸に、縦糸となる白黒を時間を掛けてじっくり描くことが出来たわけだ。終盤の白黒は百合的にと言うかもはや保護者的な目線で見ていて「成長したねぇ……」ってジワッとくるようなことが多かった。そういうわけで

この二つの表紙を並べてみるだけで大層来るものがある……。缶乃先生お疲れ様でした!

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