バベル-17 – サミュエル・R・ディレイニー

「わたしはアム」で「あなたはアー」

1966年発行の長編SF小説で、1967年の第2回ネビュラ長編小説賞を『アルジャーノンに花束を』と共に受賞している。

プログラム言語「Ruby」の開発者まつもとゆきひろ氏は、本作を通じてプログラミングに興味を持ったらしい。

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高校生のときに読んだ『バベル-17』(サミュエル・R・ディレーニイ著、ハヤカワ文庫)というSF小説が面白くて、プログラミング言語に興味を持ちました。「バベル-17」は、宇宙戦争における敵陣営の暗号の名前です。主人公の言語学者が暗号解読に取り組み、それが暗号ではなく言語だということに気づいて、敵陣営の攻略法を解明していくストーリーです。 - 日経プラス

あらすじ

戦いのさなか、同盟軍の支配圏内でインベーダーの大規模な破壊活動が行なわれるとき、きまって発信源不明の謎の通信、バベル-17が傍受された。その解読にあたるのは全銀河にあまねく知られる美貌の詩人リドラ・ウォン。天才的な言語感覚でバベル-17が単なる暗号ではなく、ひとつの宇宙言語であることをつきとめたリドラは宇宙船ランボー号で次の敵の攻撃目標へと向かうが……ネビュラ賞受賞のニュー・スペース・オペラ - Amazon

前置き

若かりし頃、海外SFのオールタイムベストに精通すべく、ヒューゴー賞・ネビュラ賞の始まりから2000年代くらい辺りまでの長編受賞作品を熱心に読破していた時期があるのだが、その中でなんか読みこぼしていた作品の一つ。

ディレイニーって代表作の『エンパイア・スター』発表時で22歳で、翌年に発表した本作でネビュラ賞を受賞、翌年『アインシュタイン交点』でまたネビュラ賞、更に翌年『時は準宝石の螺旋のように』でヒューゴー賞・ネビュラ賞のダブルクラウン取ってるんだよね。快進撃にも程があるだろ!

そんな感じで60年代くらいのSFを代表する作家なので、私はかつて同著者の『アインシュタイン交点』と『ノヴァ』を読んだはずだが、何も覚えていない……。

余談だが、名字(Delany)のカタカナ表記は表記揺れがあり以前はずっと「ディレーニイ」表記だった。実際自分の手元にある1998/3/15付13刷だと「ディレーニイ」になっている。自分もこの表記の印象が強いが、今では「ディレイニー」表記らしいのでこちらで統一する。

感想

「侵略兵器としての言語」というバベル-17の設定は結構魅力的だと思うのだが、それを通して作中で起きるのはSFでは割と良くある「洗脳」だったので、もうちょっと何か欲しかった気がする(ところで「侵略」「言語」ってだけ見ると、メタルギアソリッド5TPP(記事)みたいだな)。4章目はバベル-17の影響化での描写が書かれるのだが、オープンワールドゲームで良くあるガンギマリ・フィールドみたいで、こういうのって時代を問わずだなぁと感じた。

ブッチャーが『わたし』という言葉を話せない、というところからバベル-17ではI(私)とYou(あなた)の区別が無いというふうに発展して、「アーシュラ・K・ル・グィンみたいな文化人類学的な方向で行くんだろうか」と思ってたけど、テッドチャンの『あなたの人生の物語』(記事)に近いかな。「言語的相対論」「サピア=ウォーフの仮説」モチーフだと思うけど、これ今はもう否定されてるよな。(参考:Wikipedia「言語的相対論」

ディレイニーの作品は聖書モチーフが多く本作もBabelという直球の単語が出てくるわけだが、終盤のリドラとブッチャーが見せた「言語によって精神が融合したり分断したりする」部分にバベル要素がある感じかな。この辺にニュー・ウェーブ作家と称された作家性を感じる。

ブッチャーの脳内イメージがなんとなくThe Boysのブッチャーだったのに、正体(ヴェル・ドルコ男爵の息子で、究極のスパイとなるべくデザインされたナイルズ)が判明してからすっかり紳士というかお坊ちゃんっぽいキャラになったのでビックリした。表紙の右側に赤茶の右腕だけ映っているのがブッチャーなんだけど、姿って多分このまんまだよね?

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中盤くらいから出てくるブッチャーがその章に出てくるだけのサブキャラかと思いきや、そこからのメインキャラになる(というかヒロインだよなブッチャー)ので結構「ナンデ?」ってなった。まぁオチを知ってから全体を見渡すと、ヴェル・ドルコ男爵の話の次に彼が来るから順番に出てくるんだな。終盤で完全に忘れていた男爵の名前が出たときは驚いた。

「色々SFウェポン紹介してくれた割には作中でそれが活躍しないままあっさり死んだなぁ」と思ってたらしっかり伏線だったわけだ。肉体の改造が当たり前になっていて動物の爪が生えたりしている人間が普通にいる世界観はジョン・ヴァーリイみたいだけど、ナイルズが「デザインされている」部分に繋がってるわけやね。

これ以外にも、宇宙での航法が超空間を通る必要がある為、そこから通常空間の状況を知るために幽霊人(ディスコーポレイト)を使ってレーダーにしている、みたいな描写も興味深い。どうやらこの世界では死んだ人間をなんかするとそういうふうに使えるらしいのだが、ここを深掘りせずに進むの凄いよな。

バベル-17とは何かが判明してすぐに話が終わってしまうのがなんか「種明かししたらすぐ終わるミステリ小説」みたいである。普通の作品だったら中盤くらいに謎が判明して、そこから黒幕倒しに行く話になるよなぁ。1章目に出たサブキャラのトゥムワルバが最終章の実質的な主人公になるのも含めてなかなか斬新な構成だ。

そんな感じなんだけど、作中のモチーフの一つである「詩」の方面は自分が作品が要求する理解に到っていない気がする。

リドラは三連の言葉のロープを伝わって、その穴から這いだした。飢える(starve)、突き抜ける(stub)、賭ける(stake)。崩折れる(collapse)。そろえる(collate)。受け取る(collect)。連鎖(chain)、変化(change)、運(chance)。 p249

とか興味深いことやってるのに(西尾維新みたいだ)、日本語訳された時点で表現がどうしても死んでしまう部分があるのと、詩に関する教養の無さで引っかかってない気がするなぁ。

主人公の載っている宇宙船がランボー号なんだけど、フランスが誇る詩人アルチュール・ランボーについて知識があったら発見もあったんだろうか。ランボーって昔アニメのNOIR(記事)をきっかけに1冊だけ目を通した(読んだとは言わない)けどよく分かんないまま終わったんだよな。

終わりに

Wikipediaの「バベル17」の項目に、あらすじからキャラクターから大分詳しく書かれている。熱心なSFファンが居たらしい。

このサイトは私にとって「作品を読んでも内容忘れてしまうの勿体ないよなぁ」という備忘録的な意味があるのだが、こういうのあるんなら意味ないかもね。とは言ってもウェブ上の情報って消えるからなぁ……。

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