魚豊『チ。-地球の運動について-』全8巻

2020年~2022年に渡って『ビッグコミックスピリッツ』に連載された。数多くの賞を受賞し、2024年にアニメ化もされている。

もう既にもの凄く評価されている作品なので、そこに安心してちょっと言いたい。「非常にエンタメしている傑作である」という点は大前提として、その上でやっぱりあんましこの作品好きじゃ無い。

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作品紹介

動かせ 歴史を 心を 運命を ――星を。

舞台は15世紀のヨーロッパ。異端思想がガンガン火あぶりに処せられていた時代。主人公の神童・ラファウは飛び級で入学する予定の大学において、当時一番重要とされていた神学の専攻を皆に期待されていた。合理性を最も重んじるラファウにとってもそれは当然の選択であり、合理性に従っている限り世界は“チョロい”はずだった。しかし、ある日ラファウの元に現れた謎の男が研究していたのは、異端思想ド真ン中の「ある真理」だった――

命を捨てても曲げられない信念があるか? 世界を敵に回しても貫きたい美学はあるか? アツい人間を描かせたら敵ナシの『ひゃくえむ。』魚豊が描く、歴史上最もアツい人々の物語!! ページを捲るたび血が沸き立つのを感じるはず。面白い漫画を読む喜びに打ち震えろ!! - 小学館コミック

前置き

以前から評判を聞いて興味を持っていたのだが、kindleで小学館セールやっているのを見て、全8巻で集めやすいこともあって大人買いしてしまった。

風変わりなタイトルには「地」「血」「知」が掛かっているそうだが「海外ではどう訳したんだろう?」と思って調べたら、英語版のタイトルは『Orb: On the Movements of the Earth』だそうな。あんまり関係無いけど「漫画の吹き出しの最後に必ず句読点が付くルールがある」小学館から出た作品で、タイトルにも「。」が付くのはそれはそれでコンテクスト有ると思うんだよな。

感想

2024年はドナルド・トランプ大統領再就任が示すようにリベラルの無茶苦茶さが露わになった年だったと思うが、リベラルが槍玉に挙げていた「文化の剽盗」って本当は本作の様なことを言うんじゃ無いか、となんか思ってしまった。本作の感想を簡潔に言うと「不誠実」かなぁ……。

P国、C教という表記の時点で予防線引いといたところはあるんだけど、「実は地動説弾圧は一時的に為政者になっていた人間の個人的な恨みが発端となってその領内でだけ起きていた」ってオチで、どんでん返しというより「はぁ?」ってなってしまった。「ミステリは疑わずに読んで気持ちよく騙されたい」派なんだけどな……。

というか「発案者的にはおおっぴらにしたくなかったので、あえてC教の本筋に関わらないアウトローよりの人間にさせるようにしていた」って部分、作中で描かれた弾圧に関する描写の規模と矛盾してるように感じるんだけど。

実在の人物であるアルベルト(この人物が後にコペルニクスの師となる)が登場し、舞台がポーランドと明言される下りからはそれまでとはパラレル世界なんだろうけど、これやったらアカンのでは。ここで出てくるラファウと本編のラファウをなんかリンクさせておけば、まだなんとかテーマ付けられたって思う。

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「現実の科学史」「それに携わった数多の人々」という多くの人が既に敬意を持っているものを作品の請求力として利用しているんだから、こういう扱いじゃなぁ……。こう書いてて実写ドラマ化に伴って「セクシー田中さん」の著者が亡くなる結果になってしまったときに1億回くらい聞いた、「作者の『原作に忠実に』という要望を反故にするんなら最初からオリジナルでやれよ。それじゃ請求できる作品に出来ないから原作の力借りたんだろ?」とまんまおんなじだなぁ、と思ってしまった。これも2024年の1月~2月くらいの話か。なんかこういう時期だったのかね?

不誠実だと感じるのはこの辺の反応が有ることも含めて、しっかり「計算してる」ところである。「そこはちゃんと分かって描いてるんですよ(笑)」と言うための立ち回りに余念が無いというか……。でもそんなふうに躱されても「議論で負けないことばっかりに心血注ぐなよ」って私は思うけど。

創作的なこととして、漫画的な盛り上がりの作り方とロジックへの誠実さのバランスというのは永遠テーマだと思う。読んだ後に頭に浮かんだ作品に岩明均の『七夕の国』(記事)があって、この作品は「学問的に正しいアプローチが作中で行われたが、漫画的な盛り上がりには欠ける」という印象の評価だったのだが、本作と真逆に感じる。あの作品読んだときは、「分かるんだけど漫画なんだから、漫画的に盛り上げることも大事にして欲しい」と思ったもんなので、あんまし偉そうなことも言えないってところもあるんだよなぁ。

色々言ったが総括して著者の勝利だとも思う。だって私みたいな有象無象の木っ端に何言われようがどうでもいいだろうし。どんでん返しの前に絶賛したリベラル達はこのオチの後でも「賞賛の為に一度上げた拳を、怒りで振り下ろす」ことはするまい、と見積もっているだろうしな。

余談だが、NHKでアニメ化してこの文章書いている今まさに絶賛放映中なんだけど「この作品をNHKがアニメ化かぁ……」というより「ああNHKだね」って気持ちだな。

終わりに

なんというか科学って「地味なことの積み重ね」「確からしいと簡単に言えない」「成功の要因を特定の人間に依拠しづらい」等など……なわけで、本来この著者の持ち味と相反する様な気がするんだよな……「テーマに本当に取り組む」んならね。

なんだけど本作の後に書いている作品は陰謀論とかがテーマの作品らしい。やっぱりなんか「芯は食えない」と思うんだけどなぁ~?

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