1948年発行。SF小説界の古典的名作という位置づけの作品であるが、今読むと色々なことが唐突で目が滑るストーリーテリングになかなか参ってしまう。非常に読みづらいのでちょっと戻って再読が多発するので結局テンポ良くないし、これは翻訳でも良くなりようが無いよなぁ……。
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作品紹介
この記憶は自分のものではない。
P・K・ディックに多大な影響を与えた、
ワイドスクリーン・バロックの祖による
歴史的傑作を新版で贈る。いままさに〈機械〉によるゲームが始まろうとしていた。成績優秀者には政府の要職が、優勝者には金星行きの資格があたえられる。ギルバート・ゴッセンもこれに参加するべく〈機械〉市へやってきたが、奇妙な事実が判明する。彼はまちがった記憶を植えつけられていたのだ。自分はいったい何者なのか。ゴッセンの探索が始まるが、背後では銀河系規模の陰謀が進行していた。歴史的傑作。解説=牧眞司 - 東京創元社
前置き
先日、kindleで角川コミックス・エースの作品のセールがあってどうせ読みもしないのに大人買いしたのだが、その中に「成恵の世界」と言う作品があった。タイトルが「非(ナル)Aの世界」を元ネタにしていることは以前から気付いていたのだが、読んだことがなかったのでこの際元ネタを履修してから読もうと思ったわけだ。
ヴァン・ヴォークトの作品は『宇宙船ビーグル号の冒険』、『スラン』、本作を既読済み。いつものことながら本書の内容も忘れていた感じだが、読んだら部分部分は「ああそうだったね」って感じであった。
感想
巻末の解説でヴァン・ヴォークトが「小説のハウツー本に学んで成功した数少ない作家のひとり」と称されていて「スピード感を重視してどんどん場面を転換していく手法を意識的にとっている」らしいが、読んでいると分からんでもない。凄い勢いで場面が転換していくのだが、テンポが良いというよりはもうちょっと落ち着けよという気持ちになる。
最初に「これからこの街でルール無用のバトルロワイヤルが始まる────!」的な雰囲気出しておいて、初っぱなからゴッセンが機械診断で不適とされたら、それ以降はずっとゲームそっちのけでゴッセンを狙う組織に捕らえられたりボコられたりするシーンばっかり続く。あらすじに書かれている『いままさに〈機械〉によって始まろうとしているゲーム』はどうしちゃったんだよ!ってなるのだが、実際ゲームの描写はほぼ皆無で中盤で地球に戻ってきたあたりで「ゲームはもう終盤らしい」的な描写が入って「一応作者忘れてなかったんやな」ってなった。
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こんな感じで進んでいくので、キャラクターの印象が全然定まらないし場面のイメージも浮かばないまま次に行ってしまう感じで、自分はジム・ソーソンとエルドレッド・クラングとジョン・プレスコットの情報とイメージが読後もごっちゃである。
結局「非A(=非アリストテレス)」の意味もよく分からなかった。非Aに関しては序盤も序盤で
天賦の才に恵まれた……アリストテレスは……おそらくひとりの人間が影響をあたえたものとしてはもっとも多くの人びとに影響をあたえた……。われわれの悲劇が始まったのは、"内包的な"生物学者アリストテレスが、”外延的な”数学者プラトンをさしおいて、すべての原始的な<同一視>を、主部=述部の関係を……堂々たる体系に仕立て上げたときである。その体系は、二千年以上にわたって改訂されることを許されず、もしそれに手をつければ、迫害という罰を受けることになっていた。……以上の理由によって、アリストテレスの名前は、二面的な価値をもつアリストテレス主義の教理を示すためにもちいられ、それに対して、現代科学の多面的な価値をもつ現実は、非アリストテレス主義──略して非(ナル)A──という名をあたえられている……。 A・K (p18)
このように説明されている。中盤くらいで「小数点20位に到るまでエネルギー値を同期することでその物体を支配ることができ、それを利用してその場所に移動できる」みたいなギミックが出てきて地球⇔金星間を移動できたりするのだが、上記の引用の中で出てきた<同一視>と絡んでいるんだろうなとは思うもののなんとも言えない。このギミックを使って、「あらかじめ用意していた予備の肉体に移動を繰り返すことで事実上の不死を実現している」という設定は結構面白いとは思った。
こういうギミックの部分が中心過ぎて、「ラスボスがゴッセンと同じ顔の人間であった」=「ゴッセンは不死を使って生きていたラスボスが用意していた同一遺伝子の肉体の持ち主であった」というオチが発覚すると同時に即終了になる。余韻もへったくれもないというか、そのオチを通して人間や人類社会のなにがしかに言及するという意志も感じられない感じで少々ポカーンとしてしまう。
終わりに
作品紹介でも触れられている通りフィリップ・K・ディックに大きな影響を与えたそうなのだが、それを踏まえてみると凄いディックっぽい始まりだ。偽りの記憶を植え付けられた男が自分自身が何者なのかを探したり、嘘発見器がしょっちゅう出てきたり。でもストーリーが破綻するところまで真似しなくても良かったよね……。
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