知る人ぞ知るといった評価の作家ルーシャス・シェパードの連作短編シリーズの第1巻となる。魔法によって動くことが叶わなくなり、その体がある種の自然環境となった巨竜グリオールを取り巻く人間模様が書かれている。ドラゴンという「ファンタジー作品の定番」は幻想的な話を想起させるが、本作に書かれた物語はそれを裏切るように泥臭い。
この記事を挙げた現在ではkindle unlimitedの対象であるので、本サービス利用者は手に取りやすい作品と言える。
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作品紹介
あまりにも巨大な竜グリオール
彼の上には川が流れ村があり、その体内では四季が巡る“舞台”は動かぬ巨竜
唯一無二のシリーズ短篇集が遂に日本初刊行
初邦訳1篇 初収録2篇全長1マイルにもおよぶ、巨大な竜グリオール。数千年前に魔法使いとの戦いに敗れた彼はもはや動けず、体は草木と土におおわれ川が流れ、その上には村ができている。しかし、周囲に住むひとびとは彼の強大な思念に操られ、決して逃れることはできない——。
奇想天外な方法で竜を殺そうとする男の生涯を描いた表題作、グリオールの体内に囚われた女が見る異形の世界「鱗狩人(うろこかりゅうど)の美しき娘」、巨竜が産み落とした宝石を巡る法廷ミステリ「始祖の石」、初邦訳の竜の女と粗野な男の異類婚姻譚「噓つきの館」。
ローカス賞を受賞したほか、数々の賞にノミネートされた、異なる魅力を持つ4篇を収録。動かぬ巨竜を“舞台”にした傑作ファンタジーシリーズ、日本初の短篇集。 - 竹書房
前置き
名前は知っていたが読む手段が限られていたため、未読だった作品。竹書房は「界隈では有名な一方で日本では入手困難な古典作品」を邦訳することをチラホラやっており、チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』(記事)やジョン・スラデック『チク・タク』(記事)等を届けている。本書もそういった名作古典復活といった立ち位置の作品となる。
短編6話とラストの長編1話の計7話で構成されるシリーズの内、本書には最初の4話が収録されている。ここから続いて5話と6話を収めた2巻目、そして唯一の長編であり最終話の7話が3巻目に収録され、最後まで邦訳されるに到った。良い時代だ。
感想
クジラの死骸には水生生物の生息環境が生まれるそうだが、動くことの出来ないグリオールは陸版のクジラさながら、背中の上に村が出来たり体の栄養を目当てに寄生虫じみた生物が多数住んでいる。
この様子が美麗な筆致で描写されているが、グリオールを取り巻く環境の描写を見ていると、ああファンタジー作品読んでいるなってなる。ファンタジーのファンタジーたる所以はやはりこの辺の文体のこだわりにあると感じるのだが、もはや古い考えかな。
竜のグリオールに絵を描いた男
1984年発表。「絵を描く用に見せかけて塗料内に含まれる毒素で殺す」計画が数十年かかるという話が初っぱなから出てきて「約50ページしかないけどどうするんだ!?」と思ったけど、グリオールの死に呼応するように主人公のメリックが事切れるラストまでの数十年間が一気に過ぎる。元々グリオールの状況を説明して絵を描いて殺害する算段を企てたメリックが出てくるまで2ページしかかかっていないので凄いテンポである。
生きているんだか死んでいるんだかな状態で体を動かすことも出来ないグリオールだが実は周りの生き物の精神に働きかけることが出来、これまでの周りの人間が自由意志でやってきたと思っていたことも実は操られていた、と言うわけで一体どこからどこまでがグリオールの意志だったのか。短編なのに不思議な読後感のある作品だ。
鱗狩人の美しき娘
1989年発表。あるときグリオールの口腔から体内に入って出られなくなった主人公のキャサリンがドラゴンの体内で暮らす話。前作でドラゴンに対する寄生虫のような動物が複数登場したが、今回は主人公らが体内で暮らして血管を通路にして移動したり心臓に到達したりするようになる。
小さくなってもいないのにアイザック・アシモフの「ミクロの決死線」状態だな、と思っていたら当たらずも遠からずというか、実は体内に居た小人のフィーリー達はグリオールの体内で害を駆除するように利用されており、キャサリンがグリオールの体内から出られなくなってからの10年以上の歳月は、節目の時期にフィーリー達を率いる役目の為に用意されていたのだ……という話。
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前作がそうであるようにこの話も主人公の人生を終わりまで書く作品で、グリオールでの使命を果たして自由の身となったキャサリンからも独特な読後感がある。
始祖の石
1990年発表。ファンタジー作品なのに、なんと法廷ミステリである。まさかドラゴンの出てくる話で法廷ミステリやるとは思わなかった。法廷要素なければ上遠野浩平の『殺竜事件』ってのがあるけど。
2話目の主人公であるキャサリンが、始祖の石がグリオール由来のものであることを証明するために弁護側の証人として出てきたのも驚愕した。というか最初誰なのか分からなかったというか、名字のオコイって本編で出てきたっけ?ってなった。
竜はコロレイに話しかけ、命令し、指示をあたえるが、それは彼が生まれてからずっとおろそかにしていたひとつの掟に従っていた。自己決定という掟。これこそ正義を生み出すことができる唯一の掟だ。もしも正義を求めるなら、社会機構ではなく、法廷でもなく、自分の力で手に入れるべきであり、それこそコロレイが得意とするところだった。(p314)
途中まで「始祖の石」ってタイトルになるほどキーアイテムか?って思っていたが、真相が明らかになった上でそれを踏まえると凄い大事なアイテムだったし、この作品がグリオールシリーズなのにもちゃんと意味あったなぁ。
嘘つきの館
前作から14年も経過した2004年の発表。グリオールが子供を作るために利用された男ホタの物語。竜から人間形態になった謎の女マガリとか、その手の性癖の人にバッチリ刺さりそうであるが、やっぱりというかそういうラブロマンス的な話にはならない。
タイトルにもなっている「嘘つきの館」の由来いいな。「グリオールの背に生えた木から製材した板で作った」と家主が主張していたが、作中の人間からだととても信じられないので「嘘つきの館」と呼ばれていたが、実はこれは事実。グリオールによって家主が操られていたので不可解なことをやっていて、家主本人も何故自分がそういうことをしたのか分からないのである。
なんもかんもグリオールの意図通りに人間が翻弄されていて、その結果ついた「嘘つき」という要素がラストにも掛かっている(と思う)。苦しいけれど、こういう「分かっていながら苦痛の道を歩む男」みたいな話って結構好きなんだよな。
終わりに
巻末に作者シェパート本人による「作品に関する覚え書き」があるが
全長が一マイルを超え高さが七百フィートもある麻痺した巨大な竜が、精神の力で周囲の世界を支配し、悪意に満ちた思考を送り出して人びとを意のままにあやつるというアイディア……これはレーガン政権の適切な隠喩に思えた。(p394)
とあって驚愕した。そういう意図があったのか。2024年に読んでも全然想像もつかなかったなぁ。もっとも巻末の解説にあるとおり、
グリオールの持つ意味も役割も含蓄も、書かれてゆくにつれて変わっている。グリオールという設定を使って、いろいろと試してみたと言う方が近い。より正確には、この設定から思いついた様々なことを試してみたと言おうか。(p419)
毛色の違う話が4つ並んでいるのは、これが事実に近いんだろうなぁ。経緯(というか出発か)はどうあれ非常に魅力的な設定だ。
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