「俺たちはあまりに善人だ。すぐに『好きなアニメがつくれるだけでも』って考えてしまう羊だよ。もちろん、俺はそんなアニメ人が嫌いじゃない。でも、誰かが羊飼いにならなきゃ、日本アニメは地盤沈下していく」
「で、おまえがその羊飼いの大役を担うって?」(p248)
2020年発行。アニメ制作を題材としたポリティカル・フィクション。
著者は元々アニメにはまったく興味のない人で、本書の調査で初めて本格的にアニメを見始めたらしい。実在の未解決事件を小説化し映画にもなった「罪の声」が代表となる社会派作家なのだが、ここからなんでアニメの作り手側を題材にした作品を作ろうとしたのか興味深い。
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作品紹介
「俺たちはあまりに善人だ」
「誰かが羊飼いにならなきゃ、日本アニメは地盤沈下していく」アニメ製作プロデューサー・渡瀬智哉は、念願だったSF小説『アルカディアの翼』のテレビアニメ化に着手する。
しかし業界の抱える「課題」が次々と浮き彫りとなり、波乱の状況下、窮地に追い込まれる。
一方、フリーアニメーターの文月隼人は、ある理由から波紋を広げる “前代未聞のアニメ”への参加を決意するが……。アニメに懸ける男たちの人生が交差するとき、【逆転のシナリオ】が始動する! - 角川書店
前置き
雑誌「ダ・ヴィンチ」に連載していたものを2020年に単行本化。ちょうどコロナ禍の巣ごもり需要で海外でのアニメ人気が出はじめる頃だったので、まさしくタイムリーな内容を扱っていたことになる。……とはいえ連載が始まったのが2019年4月からなので、その年末頃から始まるコロナ禍とそこからの巣ごもり需要を見越すなんて連載準備の時点では出来ないと思うのだが、この辺が慧眼というヤツなのだろうか?
塩田武士さん「デルタの羊」インタビュー 「40歳目前でアニメにハマった」作家が描く「日本アニメ」のリアル - 好書朝日
発売の際に作者インタビューの記事が掲載されたのだが、それを読んで
30名以上のアニメ業界関係者を取材し、さらに新聞記者時代の経験を活かし、元・関係者への聞き込み調査も試みました。さまざまなルートをたどり、ウラ取り(事実関係の確認)もしました。ところが調べても調べても、吸い上げたお金なんて、どこにもない。そもそも儲け自体が出ていない。僕が調べはじめた当時はワンクール(3か月)に70本近いテレビ放映作品がつくられていたのですが、ほとんどが赤字だったんです。基本的に儲からないんですよ、アニメ界は。噂話と実態とずれていたんです。
この部分が気になってウィッシュリストに入れていたのだが、約4年も経過してようやく読むことになった。当然ながらコロナ禍もとっくに終わってしまったなぁ……。
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感想
前半部分が入れ子の構造になっているのが面白い。「むむ、これは……?」と混乱していたところに、渡瀬が観覧車で小河と会うシーンが来て「これ絶対『ファイトクラブ』みたいなやつだろ……」と思ったけど全然違った(小河氏、正直実在するのか疑ってたけど終盤にフツーに出てくる)。創作テーマで作中作が出てくる作品ってこういうことできるんだな。
種明かしがあってお話しの構造が分かった後、次から次へと襲いかかる不祥事と大人の事情の結果、企画が頓挫してメンバーがバラバラに。しかし最後にはメンバーが再集結してオールスター感でる終盤はなかなか熱い展開だ。
友人のアニメーターが言っていた「狼の習性」。自分より強いボスがいないと集まりもしないし、言うこともきかない。反対に「あの人が監督をするんだったら、あの人がキャラデをするんだったら、仲間に加わりたい!」というパッションさえあれば、眠たくても頑張れる人種、それがアニメーターだ。 (p92)
途中でこれが出てきたとき、「かつては新聞社に勤務していた様な人がちゃんと調査してもやっぱりこういう評価なんだなぁ」と感じた。オタクやってると経験的にこの辺は肌で感じるんだけど、答え合わせをされた感じ。タイトルの「羊」の部分にも関わるし、終盤もこういう力学で人が集まるしで外せない要素なんだろうな。
未だにこういう力学で動いている現場があって、そこにあくまでビジネスで動いている海外資本がやってくる……という構図は「お仕事もの」として作品を書こうとする人にとって興味深く映ったのかもしれない。
終わりに
普段こういう現代日本舞台で超自然的要素が登場しない作品を読まないので、こういう機会に読めて良かった。アニメ制作というフックが無いと読まなかっただろうしね。
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