2021年発表。『火星の人』『アルテミス(記事)』のアンディ・ウィアーの3作目となる。非常に平易な文体で読みやすくSF作品ならではの広大なスケールの話が読めるので、普段SF小説を読まない方にも勧められる。評判通りの超名作であった。
読了の際は、本作はいわゆるネタバレ厳禁作品であり、下記の感想はネタバレ全開のものであることを了承の上で読んでいただきたい。
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作品紹介
大ヒット映画「オデッセイ」のアンディ・ウィアー最新作。映画化決定!
未知の物質によって太陽に異常が発生、地球が氷河期に突入しつつある世界。謎を解くべく宇宙へ飛び立った男は、ただ一人人類を救うミッションに挑む! 『火星の人』で火星でのサバイバルを描いたウィアーが、地球滅亡の危機を描く極限のエンターテインメント - Hayakawa Online
前置き
海外SFファンなのに、各方面からの大絶賛を耳にしながら今日まで読んでいなかった作品である。『火星の人』は面白かったが、『アルテミス』は正直あんまり……だったというのも無いでは無い。ただ自分に書籍を読む気力が無くなっていたのでSFに限らず何にも読んでいなかった感じでそうなっていた。
kindle paperwhiteシグネチャーモデルを年始に購入して、試しに積読になったままの作品を読んでみるかと始めたらスルスル読み進めることが出来た。いわゆる徹夜本として知られる本作だが、下巻の半ばくらいから風呂に入りながら(kindle paperwhiteは防水仕様)2~3時間くらいそのまんま読み続けて読了した。久しく覚えの無い経験だ。
感想
上巻の半分くらいまでの展開が特に凄い。普通のSF小説なら終盤にオチとして明かされるSFギミックがページをめくる度に出てくる勢いである。どんどん状況が変化していって、この作品この方向に進むの?って所に進んでいって、実はファーストコンタクトSFと分かったとき変な声上げてしまった。更に敵対する展開ゼロで作中の過半数が異星人とのバディものとして進展するとかまったく予想が出来ない。「SF作品はひとつ大きな嘘を付いて、後は嘘を付かずに科学に忠実に作る」という、誰が言ったか分からない定石があるが、アストロファージという「大きな嘘」ひとつから、よくここまで描いたものだ。
巻末解説でも触れられているが、科学的に起きる問題とその解決がそのままプロットになっているのが『火星の人』と同様に面白い。「こういう展開を書きたい」→「その描写は科学的にはこの問題がある」→「ならその問題をそのまま『主人公に降りかかる難題』にしよう」でどんどん書けるんだな。
読了後に気付いたが、単行本の帯で上巻では「人類存亡をかけた不可能ミッション」って書くわ、下巻では「ファーストコンタクトSF」って書いちゃうわだったのか。電子だとこういうのもないので、うっかり読むことも無くて良かった。
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昨年秋に出たゲームの『Starfield』やってたから恒星の話が出たときに「ああ、あれとあれとあれか」ってなった。タウ・セチは他の有名なSF作品だと『ハイペリオン』で宇宙に散った人類の首都『タウ・セティ・センター』がある重要な恒星なのだが、『Starfield』やると「めっちゃ端っこだな」ってなった(なったというか、実際作中でタウ・セチ(『Starfield』だとタウ・セティだけど)で事件が起きたときに「この事件が起きたのが辺境だったから良かったものの……」って主旨の台詞がある)。そしてエリダニはタウ・セチよりも更に本当に端っこの端っこで「マップの一番左下」だ。
こういうのがイメージできると読んでて面白い。科学の素養がある人はSF小説こんな風に読んでるんだろうなぁ。もっとも本作は描写が本当に平易で分かりやすく詰まるところがほぼ無い珍しいSF読書経験を体験できる。平易というかアンディ・ウィアー作品は文体で格好を付けずに、主人公が軽妙に教えてくれるんだよな。
そんな主人公のライランド・グレース博士の造形が全然ヒーローじゃ無いのいいよね。語り口でなんとなく『火星の人』のマーク・ワトニーみたいな印象があるが、宇宙船の正式なクルーとして訓練されているエリートのマークと違ってかなり普通の人だ。3作品読んで思うが、軽妙さは作者本人のキャラなんだろうなぁ。博士としての設定の前振り的に「水を利用しない生物」が出てきそうなのに、結局出てこない(エリディアンは体内のH2Oを沸騰した状態で使用しているし、アストロファージやタウメーバも言わずもがな)から「未来を言い当てた予言者」とかでもない。
ヘイル・メアリー号に乗ったのが自分の意志では無くて無理矢理載せられただけ、っていうのは主人公の設定としては斬新。ここで臆病者という部分を強調した後に、ロッキーを救出する決断をする場面が訪れるのがベタだけど熱いよね。そして『火星の人』が「生きて帰りし物語」だったので地球に戻ってストラット殴るのかと思いきや、あの結末になるのが感慨深い。
ところで読み飛ばしていたからかも知れないが、結局残り二人の船員が死んで主人公だけ生き残った理由ってなんだったんだろう?1ページ目でもう死んでるのに、ストーリーが進めば進むほどいかに有能な人材だったのかが書かれていくのが酷い。上遠野浩平作品で死んだキャラがどんどん盛られるやつみたいだ。
あと上巻の終わりの「まさか来客があるとは思わなかったので」ってなんだったんだろうか。タウメーバで良いのか?グレッグ・イーガンの『順列都市』の上巻ラストに匹敵する「引き」でひっくり返ったんだけどなぁ。
終わりに
積んだままになっていった超ウルトラ話題作を読めて良かった。ネタバレ厳禁すぎて本作単独の話題でないと内容に触れることができないもんだから、とにかく面白いことしか情報が入ってこないんだよな。これからは気にせず話題にできるぞ。
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