Science Fictions あなたが知らない科学の真実 – スチュアート・リッチー

2020年発行。タイトルのイメージで疑似科学の本っぽさがある(「真実」って単語もう使いづらいよな……)が内容はむしろ逆。フェイクニュースはびこる現代で最期の拠り所となる科学の分野ですらその確からしさは数多の要素によって脅かされている、という内容の書籍である。

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作品紹介

著名な科学実験やベストセラーの間違いを紹介しながら、科学における不正・怠慢・バイアス・誇張が生じるしくみを多数の実例とともに解説。単なる科学批判ではなく、科学の原則に沿って軌道修正することを提唱する。既存の本で知ったウンチクを得意げに語る人に読ませたい、真実の書。 - ダイヤモンド社

前置き

原書が2020年、邦訳が今年(2024年)に出ているのだが、原書が出た当時、本国知識人たちの動揺が海を挟んだ日本の読書界隈にもチラホラ伝わってきた。なにせ本書で第一に揺らぐのは読書家が好んで話題にするような「人間や社会に関する法則」の数々なのである。「ファスト&スロー」のダニエル・カーネマンとか「予想通りに不合理」のダン・アリエリーとか、あの辺の内容を得意げに披露していた人間ほど冷や汗ものだろう。

感想

帯にも書かれている「スタンフォード監獄実験」の内実は序盤から登場している。長い引用になるが、以下のような状況らしい。

スタンフォード監獄実験の意味するところは以前から議論されてきたが、最近になってようやく、いかにお粗末な研究だったのかが見えてきた。2019年に社会科学者で映画監督でもあるティポー・ル・テクシェは、「スタンフォード監獄実験の偽りを暴く」と題した論文を発表。ジンバルドーが実験に直接介入し、「看守」に振る舞い方をかなり詳細に指示している音声記録の未公開部分を書き起こした。囚人にトイレを使わせないなど、非人間的に扱う具体的な方法を示唆するようすもうかがえた。入念に演出されたこの「作品」は、明らかに、普通の人間が特定の社会的役割を与えられたときに何が起きるかという本質的な例からはほど遠かった。(p55)

酷いもんだ……。なにより辛いのはこの「スタンフォード監獄実験」は並み居る読書家・勉強家が自信満々で引用して、色んなところで科学的事実として参考にされてきた事実だろう。本書はこんな事例のオンパレードで「本職の科学者がやっている本物の科学は、疑似科学なんてのとはワケが違う!」という我々の期待を見事に打ち砕いてくれる。

不正に繋がるありとあらゆる要素を本書は明かしてくれる。NULLではなくPOSITIVEにすべく数字を「調整」する科学者、利益を求める大学、需要ゆえに勃興するエセ科学誌……。多過ぎて書き切れないが、不正を誘発する数多のインセンティブが紹介されていて、本当に「科学的な答え」が出ているのか不安になる。

本書の終盤では仕組みを変えてシステムで改善していく提案をしているが、どうだろうね?確からしさを測る為の「p値」がハッキングされていく過程を散々本書で取り扱っているわけで、人間にインセンティブが有る限りいくらやっても「調整」され続ける気もするな。2020年発行なので生成AIが実現する前の書籍になるのだが、機械の目の監視が現実的になった今ならちょっとは違うんだろうか?

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余談だが、「以前から気付いていたが名前は付けていなかった法則」に「グッドハートの法則」という名前が既に付いていたことを本書で知った。要は「ある指標が目的となったとき、その指標は有効性を失う」というもので、大抵の人間は目にしたことがある奴だ。調べると類似の法則がいくつかあり、Wikipediaでは「キャンベルの法則」の類似法則として紹介されている。

Wikipedia - キャンベルの法則

更に余談だが、以前読んだことがあるマシュー・ウォーカーの『睡眠こそ最強の解決策である』が「薄い証拠を膨らませた」ベストセラーの例としてバッチリ挙げられていた。その後に続く本文は以下の通りである。

聞き心地の良いストーリーを優先させて事実をないがしろにすれば、科学分野の書籍はますます不正確になり、データからかけ離れる危険がある。そのような本の嘘が暴かれ、推奨されたライフスタイルの変化が誇張されたとおりの結果をもたらされなければ、科学全般の評判が損なわれることになる。先ほど紹介した本は、それぞれスタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校の教授が執筆している。一流の科学者が証拠を誇張することを気にとめないなら、誰が気にするというのか。(p270)

グエ~ッ!!!

終わりに

本書が与えた衝撃を「本を読んでいる人であればあるほど意味の無いものを掴まされていた」と指摘している人が当時いた。いやはやまったくその通り。私は全然本を読んで無くて良かった~。(←良くねえよ

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