アメリカ人たちは、門から五番目の建物に引きたてられた。一階建てのセメントブロックの直方体で、正面と裏側には大きなすべり戸があった。もともとは処理前の豚をまとめる小屋として建てられたものだが、それはいま百人のアメリカ兵捕虜が住まう異郷の家になろうとしていた。(中略)建物のドアには、大きな数字がある。数字は5であった。はいる許可を与えるまえに、英語を話すたったひとりの警備兵が、街なかで道に迷った場合の簡単な住所を教えた。住所は「シュラハトホーフフュンフ」。シュラハトホーフは食肉処理場、フュンフは古き良き5である
第二次世界大戦時にドレスデン爆撃を体験した著者が、過去にも未来にも精神が時間移動するというSF要素を加えて描写する半自伝的作品。一応戦争ものというジャンルでもあるが、死を描写するたびにうんざりするほど繰り返される「そういうものだ」("So it goes.")が象徴するように、悲壮的というよりどこか皮肉めいた雰囲気で語られる。
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時の流れの呪縛から解き放たれたビリー・ピルグリムは、自分の生涯の未来と過去とを往来する、奇妙な時間旅行者になっていた。大富豪の娘と幸福な結婚生活を送り……異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容され……やがては第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、連合軍によるドレスデン無差別爆撃を受けるピリー。時間の迷路の果てに彼が見たものは何か? 著者自身の戦争体験をまじえて描き、映画化もされた半自伝的長篇。 - Hayakawa Online
既読作品。映画『メッセージ』(記事)放映時に原作の『あなたの人生の物語』(記事)を読んでいたら言及されていて、久しぶりに読んでみるかとなって購入したのであるが結局読み終わるのに半年以上経過してしまった。
ドレスデン爆撃を実際に経験した著者が痙攣的時間移動というSF要素を使ってそれを振り返る……というこれはもう興味深い内容になるしかないだろうという感じの題材であるが、実際読んでみるとなんか地味である。元々カート・ヴォネガットってテーマ的には共感するところがあるんだけどお話自体はイマイチ……ってところがあるがこれも結構そんな感じ。
ただ思うに時間移動というSFのガジェットが出てきたらそれを使ってお話にダイナミックなギミックを入れるのが当然みたいなことに慣れてしまっているのが一つ、もう一つは(TV番組とかで戦争体験者が出ると悲惨さを語らせて平和への云々を言わせるという風潮を嫌っているくせに)この本を読んでいるときの自分もヴォネガットの心情を推し量ろうという期待をして叶えられなかったという部分があるので、これは自分の読み方が悪かったかな。
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ヴォネガットはドレスデン時の記憶について聞かれると「覚えていない」としか語らず、小説として発表したら究極の変化球で出してきたし、主人公のビリーが恐怖でガタガタきてるっていう当然予想されるシーン(というか感情的になっているシーン自体)が全然無いことも含めて「こういう形でしか表現できなかった」ということに心情を想像できる余地がある。
戦争を扱った作品で不謹慎かもしれないが、カート・ヴォネガットの他の作品を既読の読者からすると他の作品で登場したキャラクター(トラルファマドール星人、キルゴア・トラウト等)が一堂に会することにやっぱり興奮である。訳者あとがきでも触れられているが、今まで扱ってきた作品のキャラクターが勢ぞろいするのが自伝的な作品上であったことは、よくある同一世界観ものとはまた違った意味を持っている。
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