さようなら、ロビンソン・クルーソー (〈八世界〉全短編2) – ジョン・ヴァーリイ

肉体改造が日常的になった遠い未来の人類を描くジョン・ヴァーリイのSF作品、八世界シリーズの全短編集の2巻目。

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各タイトル

びっくりハウス効果

太陽を観光できる彗星の最後の航行に滞在したら、運営企業の大人の事情で航行に支障をきたし、さらにはそれに便乗したテロリストが出てきて……というラノベみたいな話。オチがオチだし、正直八世界シリーズにあんまり関係ない感じ(でもロイス・マクマスター・ビジョルドの自由軌道に出てくる「足も手になってる(=手が四つある)」キャラが出てくる)。今書いてて思ったがタイトルには作中のサーラスに起こっている現象の他に、オチにもかかっているんだな。

さようなら、ロビンソン・クルーソー

表題作だけあって面白い。

  • 冥王星に作られたディズニーランド(本シリーズでは地球を再現した場所を指す)、太陽も青空も人工のもので、青空に至っては建造中なので作っていないところは岩石が空を飛んでいるのが見える。
  • 主人公は肉体的には十代前半の少年であるが実際には90代の人間で、改造した肉体は水陸両用になって足にはヒレがついている

といういかにも八世界シリーズといった世界観である(ところでディズニーランドって単語は使ってもいいんだろうか)。冥王星の株・先物の経済の話がおもしろい。冥王星は地球圏から離れているので経済の情報が伝わるのにタイムラグがあり、更に公転の軌道で遠近が変わることで更にその影響が加速しうる。太陽系規模の経済地政学とでもいうべき話だ。それにしても

あなたは知ってるかな、太陽系の内惑星からの為替投機で、冥王星がすっからかんにされそうな危険があるのを? なぜだか知ってる? 光の速度、そいつが原因なんだよ。時間のずれ。それがわれわれをつぶそうとしてるんだ

このへんを読むと、状況は異なるがマイケル・ルイスのフラッシュ・ボーイズが想起されるなぁ。こっちは「人間に対してコンピュータと光速はあまりにも早すぎる」という話だし、なによりノンフィクションだが……。

ブラックホールとロリポップ

ブラックホールがエネルギー源として莫大な利益を生むため、ゴールドラッシュならぬブラックホールラッシュが起きている時代でホールハンターをしている主人公の話。ブラックホールから無線が飛んできて話しかけてくるというキャッチ―な始まりといい、自身の真実を知った主人公が仲間と敵対する展開と言い凄いエンタメしてる。

びっくりドッキリハウスと同じく夢オチみたいなのはちょっと残念だが、無限ループフラグ立ってる陰鬱な終わり方は好みだ。

イークイノックスはどこに

土星の輪の帯域に住む人々、リンガーは輪の扱いについて改造派と保全派に勢力が分かれており、保全派に所属する主人公パラメーターは、あるとき改造派に共生体(シンプ)のイークイノックスと産まれたばかりの五つ子を奪われる。子供と離ればなれになった母親が子供を探す話であり、同時に前巻に収録されていた「歌えや踊れ」に続く共生体(シンプ)の物語でもある。

原題はEquinoctial、イークイノックス(Equinox)は分点(天球上で赤道と黄道が交差する点)を指す言葉だが、これ作中でどういう意味を持ってるんだろう。

最後の子供だけ名前が「エレファント」になっているオチは、冒頭の

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陸軍、海軍、海兵隊、空軍、沿警備隊? これで五角形、おもしろい洒落。しかし、だれがコーストガードなんて呼ばれたいものか。第一、コーストガードってなんだろう?

これから考えるになんか意味があるのは間違いないのだが分からなかった……。Kindleで「エレファント」で検索かけたが引っ掛かったのはラストだけ。Googleでそれらしい単語で調べても出ない。検索の仕方が悪いのか、それともSFファンが偉そうにしている割には作品を理解して解説してくれてるわけでもないのか。う~ん。

余談ながら、へびつかい座ホットラインの名前が本書では初めて登場する。意外と言及されないんだよな。

選択の自由

八世界シリーズの特徴の一つである性転換がまだ黎明期であった時代(作中の文章によると可能になってから二十年目)の話。現代社会とほぼ変わらない文明レベルの世界で、主人公の既婚女性が男性になり、夫との関係がこじれる話。

一巻目の感想で「性別が簡単に変えられるためか、このシリーズはジェンダーの意識が絡む話題は意外なほど少ない」みたいなことを書いたのだが、この作品はうってかわってジェンダー問題バリバリの話である。

「それがわたしの望んだ選択の自由なの。わたしは女性であることを不幸とは思ってない。ただ、自分がど うしてもなれないものがあるという気分がいやなのよ。自分のどこまでがホルモンで、どこまでが遺伝で、どこまでが育てられかたなのかを知りたい。自分が男 として攻撃的になったら、もっと精神の安定が感じられるかどうかを知りたい。だって、女としてのわたしは、そうでないときが多いんだもの。それともまた、 男もやはりわたしとおなじ不安を感じているのか? 男のクレオは泣くことに抵抗を感じないのか? そういうことが、わたしにはわからないのよ

タイトルの原題はOptionだが、「今までの性別を捨ててもう一方に移動するという決断」じゃなくて、「もう一つの選択も加える」という機会・可能性の発想なんだな。現実の我々の世界で性転換をする人々のほとんどは性同一性障害を持つ方だと思うが、いつかこういう時代が来るかもしれない。

ビートニク・バイユー

締めに来る話(と言っても作者が書いた順に記載しているだけだが)であるが、正直あんまりピンとこない話だった。人間の肉体というハードウェアが現在と全く異なった時代における教育、というテーマ自体は興味深いんだけどなぁ。

途中でコンピュータが裁判を起こすシーンがあるのだが、ここで「各々の人物の視点から見た発言同士が食い違う例え」として、「羅生門」の名前が出てくる。えっ?「藪の中」じゃなくて?と思い、注釈に(黒澤明の映画より)とあるので調べてみると、黒澤明の映画「羅生門」がタイトル作品の「羅生門」の他に「藪の中」の内容も含んでいる(というか基本的にこちらよりらしい)ので、そこから来ているようだ。こんなところで黒澤明の影響を見ることになろうとは……。

終わりに

一巻目に比べると八世界の特徴である肉体改造ネタはやや弱め。読んでいて思ったのだが、あれだけ簡単に性別の変更とかできるのなら遠い未来に行っても性別が男女の二種類しかないのは不自然かもしれない。性別自体無いとか旧来の生殖やらないとかになってる方が自然じゃないかなぁと考えたわけだが、こういうこともヴァーリイ作品読まなければ考えなかっただろうな。

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